「努力」の話

更新日:2021年9月7日

「才能」と「努力」。

このトピックはよくよくあることです。

相反するように見えて、

実はお互いを補完しあう関係です。

努力続けることも「ある種の才能」と言っています。

私もそう思います。


さて、日本人は努力を美徳としています。

いえ、世界の人々もそう思っていますが、

「真面目」な日本人は

とくに、ちょっと古風な思考の持ち主は、

テストで点数を出すこと、公式を覚える事、

ググれば分かりそうなことを暗記することのための努力を

努力と認定しているように思います。

まるで、貯金箱に貯金をする、

脳という知識ボックスに知識という断片を詰め込む作業を

「努力」としてとらえているように見えます。


しかし、今の時代、

人がスマホというミニパソコンを持ち歩き、

ググる、もしくはインスタやツイッターで調べものする時代です。

そんな中にあって、

「良い国作ろう、鎌倉幕府」

「鎌倉幕府の成立は1192年」と言っても、

無駄な努力なのです。

ちなみに、これは、今の教科書では1185年だと聞いています。

知識はどんどん上書きされていくのです。


さて、そんな中にあって、

未確定要素が多くある、医学やアートの世界において、

単純にその時代、またその個人の知りうる「正解」を

「暗記」することに意味はあるでしょうか?

また、その方法を「努力」と呼称していいのでしょうか?

そんなことをよく思います。

特に、私が以下の条件を持つ人とワークするときに、

強く思います。

「呼吸」にこだわる人、

複雑な現象に対して、単純な答えを執拗に求める人、

付いている先生の助言が理解できない人で、

そのことを先生には一切伝えず、

私に問題解決を求める人です。

(先生に伝えたうえで、私に質問する人はOKです)


さて、どんな努力をしてほしいのかというと、

ダニングクルーガーのいう曲線を何度も何度も味わってほしいのです。

まずは「問い」を立て、

その為に情報収集し、自分の中で整合性を合わせていく。

とくに、いい情報源、先生に付くこととで、

その必要なプロセス、思考方法を知ることです。

暗記すればいいのではなく、

彼らの思考の深め方を知り、

自分でその思考方法・問題解決のために

自動的に動ける人です。

もしくは、必要な情報源、時には私や、

その他専門家にアクセスすることです。


前回の、ダニングクルーガーに続いて、

こうしてほしいというを書いてみました。

私がリハビリの後輩、リハビリであう患者さん、

また、音楽家やダンサーに至るまで、

彼らとワーク(指導)していて、

ここらへんで伸びる人と、伸びない人を分けます。

ぜひぜひ、すくすくと育ってください。






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