「患者満足度」と承認欲求(ある種の不安)と。

患者満足度という尺度でサービス業をくくることは

私はいい(どうでもいい?)と思っています。

リッツカートンを利用するようなレベルの人たちは、

基本的にマナー、教育が十分にされているから、

基本的にリッツカートンのいうところの患者満足度は

信頼足るものだと思っています。

同じように、

バレエでも音楽でもスポーツでも、

習い事レベルと、プロやある程度のレベルを目指す人たちの、

患者満足度は違うと思うのです。

親のニーズで習い事に放り込まれている子供がいることは、

分かっているのですが、

これはこれでいいと思っています。

さて、ここで一つ記事を紹介します。



自慢が多い子は承認欲求が強い。

自己主張がエスカレートする原因は「親の褒め方」だった

https://kodomo-manabi-labo.net/jimanbanashi-mentality?fbclid=IwAR3RmxUVoRCQ9ANm7-M3iz5IeHxsOQO62sO3vcxDvrYhil7HI3paBsM4Xb4


思い当たることがあると思います。

子供に限らず、高齢者のリハビリをしていても、

同じようなことが起こっています。

自慢をしたり、人の話を奪ったり、

スタッフの興味を引くことにしか興味のない人がいます。

こういう人のケアの仕方は

ある程度テクニックがある人はできます。



今回のお話は、こういう人たちの、

患者満足度とは、単純なおべっかだったり、

ひいきだったりすることです。

結局そこを満たしてもらえば、

快適であり、気持ちがいいので、

そこを尺度として評価がなされます。

自己(努力や教育含み)を正当化したい、

その為に私を使おうとする人たちがちょくちょくいます。

私に承認を求めるのです。

実際に彼らを高みに行くために、

助言をすることよりも、

ある程度の信頼関係を作ることが必要になります。

この過程で、必ず、承認を求められます。

自分が正しいよねと言う感じです。

こういう条件下において、その仮説は成立しますねと、

返答するのですが、

「この条件下において、」というところは省かれ、

「その仮説は成立しますね」というところのみを

フォーカスして理解します。

解剖学や、運動学を学ぶ意味が崩壊します。

こういう意味で、彼らが必要としているは、

私ではないと判断させてもらい、

お断りすることも何度か経験しました。



私における患者満足度は、

リッツカートンのお客様たちのように、

ある程度のマナーや教養をお持ちであり、

価値あるいい時間を過ごすために、

習い事でも、本格的に上を目指す意味でも、

自己承認ではなく、

自己実現をする方をサポートしたいと思っています。

それが、私の思う、患者満足度です。

サービス業として、誰にでもハッピーにしてあげるには

私一人の力ではどうにもならないことは

「社会福祉」の現場で学んでいますので、

そこら辺を含めてご理解いただけると幸いです。









閲覧数:2回0件のコメント

最新記事

すべて表示

これは、常に気にしていますが、 世間で一般的に不可能と言われるものは、 不可能と発言している人たちにとっては 「不可能」なだけであり、 以外にも、広い世界を見渡せば、 「え?そんなこと簡単じゃん、できるよ」という人がいます。 バレエでも、音楽でも、うまい人たち程、 「できないよ」発言はしません。 ですので、私も、基本的には「できないよ」は言わないのです。 「私のお粗末な頭ではちょっとできそうに思え

最近とても興味深い子とセッションをしています。 その子はターンアウトを強化したいというバレエの子で、 ここまではよくある話です。 股関節や股関節の可動域をチェックさせてもらうと、 可動的には問題ないのですが、 使いこなせない様子です。 ターンアウトするのは股関節からというのは 当然なのですが、 ターンアウトするつもりでその子はきちんと練習しています。 ということで、 この戦法ではその子の努力を踏み