アレクサンダーの言うneck free

先日ツイッターでチラリと似たトピック見たので

懐かしいなと思いつつ、

アップデートしている私の考えを書きます。


脱力もそうですが、なにをどうしたいのか、

どういう方法論を成立させると

答えの解決になるのかっていうことです。


まず、運動学や解剖学を学んで

分析する能力をつけるのは、ファーストステップ。

評価の大前提、基礎なので、

これができないと、イメージの世界だけでは、

他の方法論と比較しようがない。


さて、そうして分析を繰り返して、

いろんな要素を抽出してきて、

それをガンダムのパーツをつけるように

あれを青に塗って、肩にくっつけて、

喉は白に塗って、このパーツの上にくっつけて、、、

こういうと、アレクサンダーでいうところの

means where by (正しい手順を踏んで)と、

aiming goal(ゴールにゴリゴリ近づくこと)との間。

ゴリゴリ押してくと、結局動作としてはあってるんだけど、

パフォーマーとしては「不正解」に陥ってしまうので、

そこが基礎練習として分離できることが必要。



「練習のための練習をさせる」というのは、

リハビリ業界では、ダサい、というか、

できの悪いスタッフがやることなので、

練習のための練習と気が付かせずに、

以下に身体の中にその要素を置いてくるのかが、

意識の中に潜り込んで仕掛けてくるのか

という所で腕を見せます。



私は上のように思っているので、

練習のための練習をさせたり、

何を抑制・インヒビットさせるのは、

イケてない、、、

それはこちらの腕が悪い、役不足だと、